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3.震災直後の上野動物園

ヒポミさん宅を初めて訪れたのは、震災の一週間後でした。

お目にかかる前に上野動物園を覗いてみようと出掛けたのは、翌日から臨時休業に入るという3月16日。
春休み中だろうに、子供の姿はもちろん、人とすれ違うことすらほとんどありません。

冬の動物園というのは、それでなくともうら寂しいものです。
不忍池(しのばずのいけ)が記憶を呼び起こしました。
前回ここに来たのはすでに20年近く前の、やはり冬。
言葉もないまま肩を並べて猿山を眺めた彼とは、間もなく別れたのではなかったでしょうか……。

ともあれ、人影のない園内をひとり歩いていると、非常時であることを感じないわけにはいきませんでした。

あのときの東京は地震のショックで、ある種の連帯感が街を覆っていました。
「いつでも助け合う準備があるよ」と人々の顔に書いてあるようでした。
そんな(初めて体験するという意味で)異様な空気のなか、動物たちだけが落ちついていました。
「人」がいないと世界はいつもと変わらない……などと感じるのも、非常時ゆえだと思いあたります。

さて、目当ての河馬博覧会には〈地震の影響により展示は中止〉と貼紙があります。
少し離れたカバ舎に向かうと、カバたちは屋内にいました。

  わが前に巨(おほ)き河馬の尻むくつけく泰然として動かざりけり
                 日本で初めて河馬を詠んだとされる中島敦の歌

記憶よりはるかに巨体! まさに「泰然」です。眺めているだけで気持ちが凪ぐようでした。
展示が見られなかったのは残念ですが、カバの巨きさを感じられただけでよしとしましょう。

そう、たしかに動物たちは泰然として見えました。
しかし実は、このひと月後、カバのサツキが急逝します。地震に驚いて脚を傷めたことが原因でした。

  動物園に被災せし河馬欲しかりき『ヨブ記』に叡智を讃へし河馬を
  箱船はいづこにあるや神の子の河馬は死にたり四月十六日
                      (2011年「短歌」6月号 "震災復興祈念特集"内)

幻戯書房の創業者・辺見じゅんが、サツキを偲んでつくった二首。
他三首を含めた五首の詠題を「叡智」とした秘密は、いつか明かせればと思います。

辺見はこの半年後、9月21日に亡くなりました。
上野動物園に一緒に行く約束を果たせなかった悔いが今も時々よみがえって困ります×××

小平霊園.jpg













亡くなって半年後の2012年3月24日、
辺見のお墓参りに小平霊園へ。
駅からの道すがら、石材店に、いました。
A子「これ、カバですよね!」
店番の人「たぶん……」

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